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論文レビュー

 ここのところ、有り難いことに?論文レビューの依頼が立て続けに舞い込んできます。
一応、学内の業績になりますし、自分の勉強にもなるかもと思って、できるだけ引き受けることにしています。

 先日はドイツのある研究室のある人の論文をレビューしました。どうも一度リジェクトされて再投稿したもののようで、一回目のレビューコメントに対する返答レターも付いていました。見ると一回目はひどいレビューを受けていました。まともに内容についてコメントせず、過去のこれまでの研究成果について十分に議論されていない、これはリジェクト、といったようなつれない内容でした。しかも最初の投稿は2年前で、かなり苦労している論文でした。
 論文を書いて雑誌に投稿すると、だいたい二人から三人のレビュワーのチェックを受けます。だいたい2ページから3ページのコメントが付いてきます。そのレビュワーのコメントを元に、そのままアクセプト、マイナー修正(リビジョン)、メジャーリビジョン、リジェクト(再投稿を促すコメントあり、あるいはそれすらなし)という判定がエディターによってなされます。このレビュワーが誰に当たるかで、結構運命が左右されます。一応投稿するときに希望のレビュワーを記入するのですが、意図通りいかないことのほうが多いです。先の論文は不運なことに非常に悪いレビュワーにあたっていたようでした。
 しかし、リバイスされた今回の論文は、私には大変有意義で、よく書かれていると思われたので、マイナーからメジャーリビジョンで返しました。ちょっときつめのコメントはしましたが。

 で、先週、米国での会議に出たときに、なんとその研究室のボスとたまたま会いました。先の論文の投稿者はこのボスのところにいるポスドクです。
「はっしー、こないだはレビューありがとう。大変有益なコメントで、いい論文になったよ。」
と言ってくれました。半分お世辞がはいっていると思いましたが、大変うれしかったです。
「なんかえらい苦労した論文でしたね。今回はだいぶよかったと思いますよ。」
「最初リジェクト食らったときは、彼(そのポスドク)はひどいがっかりしていてね。もうだめだーって言う感じで。俺はそんなの無視だ!気にするなっていったんだけど。」

 そうなのです。論文のディシジョンレターはいつもドキドキするものです。リジェクトだったときは、アー俺はなんてあほなんだ!か、このレビュワーワカッテネーナー!かどちらかです。
 この論文はそういう絶望感を乗り越えた、執念の論文だったようです。そのような論文をレビューさせてもらえて光栄でした。また、自分の論文に対する意欲もふつふつとわいてきました。がんばるぞ!