フィレンツェマラソンからのエルバ島巡検

先週日曜日、フィレンツェラソンに参加しました。

今年の2月に高知龍馬マラソンに腰痛で参加してなぜか完走できしまったことで、人体の不思議を感じ、なかなかの頻度でランニングを始めたのでした。アップルウォッチで最大血中酸素濃度(VO2max)を測ると、日に日に値が増えていきます。34くらいだったのが、チョロチョロ上がっていって、6月下旬には41近くまで増えていました。これは何かというと、ペースを上げても心拍数が上がらない、ってことで、つまり心肺機能が上がって酸素輸送能力が高まったということです。41くらいをピークに夏場に入りました。夏は暑くてなかなか走る気になれず、練習頻度が著しく減りました。たまに練習するとVO2maxがチョロチョロと減っていきます。夏場は下がるのも仕方ないよなー、と自らを慰めておりました。10月になって、流石に涼しくなってきたし、フィレンツェラソンも近づいてきているので、練習を再開する必要があるのですが、一旦ほぼ休みの時期が長いと、走るのがすごく億劫になります。しかも、風邪気味で心肺機能が低下している中で無理やり走ると、VO2maxがどんどん下がっていきます。で、とうとう35くらいまで下がりまして、龍馬マラソンの時くらいまでになってしまいました。これが11月上旬でした。なんとか練習を継続していったところここからちょっとずつ上昇に転じまして、マラソン直前で36になりました・・・。

 練習といっても、平日に5キロの早朝ラン2回、土曜に5キロ、日曜に10キロ、くらいで、まぁそれでも私にとってはよくやっている方です。日曜に10キロはミケランジェロ広場まで行って帰ってくるコースで、広場まで1キロほどの緩やかな登り、帰りは下りがありまして、足腰の良い訓練になります。練習ではキロ6-7分のペースです。

 フィレンツェラソンは6時間制限の大会で、私の2月の記録は号砲から6時間超え、スタート地点から5時間55分という、ギリギリです。ただ、キロ8分半で走ればゴールできるので、できるだけ歩きを減らせばなんとかなりそうです。また、少なからず練習してきたので、普段のペースより少し遅いキロ7分15-30秒ペースでどこまで走り続けられるかをテーマにしました。とても遅い目標ですが・・・。

 朝5時起きでご飯をお茶漬けにして食べて、6時のバスで会場へ。早く着き過ぎたので、荷物受け取り所で時間を潰し、7時くらいに荷物を預けてスタート地点に移動しました。防寒用のビニール袋がゼッケンをとりにいった時の配布物に入っており、それを着ていきます。自己申告のタイムで一番遅いスタート地点はベッキオ宮殿広場です。スタートゲートはドゥオモで400mくらいあるでしょうか。スタートは8時半で1時間以上待ちました。

 で、ついにスタート!ごちゃごちゃして全然前に進みません。ベッキオ宮殿からドゥオモまでのショッピングストリートが人で詰め詰めです。なんとかスタートゲートを潜るまで8分ほどかかりました。ようやくスタートゲートをくぐると、道幅が広がって走るスペースができました。そっから、キロ7分半ほどをキープしていきます。心拍は140台。悪くない。大学前を通過して、いったんやや北東に出てから、大きく西へ展開していきます。そして郊外の大きな公園へ、公園をぐるぐるする感じで10キロ、15キロと刻んでいきます。5キロごとにエイドがあって、スポーツドリンクを少し、バナナ一切れ、オレンジ一口、スポンジケーキ一口、といった感じです。あとは、自分で持ってきたエナジージェルを5キロごとに補給します。公園を抜けると、アルノ川沿いをまた中心地に向かって走り、ベッキオ橋を渡って東へ西へ東へ西へくねくね、少しずつ北上します。ここまで、まぁ順調です。キロ7分半を維持。いつもなら26キロ27キロ付近から歩き始めますが、まだまだいけそうです。ですが、気がつけば心拍数は170を超えており、息苦しいはずなのですがそんな感じがしません。おかしいけど、まぁいいか。30キロ地点まできて、すごい大きなエイドポイントになってまして、補給するものは同じなのですが、ゲートのデコレーションとか道幅とか、エイドの人の多さとかで、なんか終わった感がしたのか、ここから歩き始めてしまいました。しかしまだ12キロあります。ただこっから例年と違うのは、歩くにしても走りも含めて8分台をキープし続けたことです。30キロ付近の運動場エリアを通過(うちの近所です)、いつもの通りを南下して線路を跨ぐ陸橋を登って下り、また街中へ向かいます。もうエネルギーが枯渇しているのか、足の筋力が足りないのかわからないのですが、ジェルを注入!この辺、本当によくわからないのですが、走れないことはないのに、歩く誘惑に駆られて、歩き、走り、歩き走りを繰り返します。前にも遅い人がいて、その人は走り続けているのですが、私が歩くと離れ、走ると近づき、ずっと一緒にいる感じです。不思議な現象です。で、最後の1キロほど、もう最後だと思ったら急に元気になり、走り続けることができるようになりました。さっきの遅い走りの人をぶっちぎり、随分前に抜かれた人を抜き返し、7分台でゴールまで走り抜けました・・・。いや、なんだったんだろ。もっと頑張れたんじゃなかろうか・・・。

 記録は号砲から5時間37分、スタートから5時間29分22秒で、サブ5.5達成・・・。10年前、スタート地点から5時間37分02秒の記録更新です。遅いですけども。

 フィレンツェラソンは6時間制限なので、このようなタイムですと、周りの人の数がまばらになります。辻々にボランティアの交通整理の人が一人一人応援してくれます!

「バイバイバイ!(ゴーゴーゴーの意味)」

私も両手をあげて

「イエーイ!グラッツェグラッツェ!」

と返しますと、向こうも嬉しそうです。

そんな余裕が最後までありました。

後から結果を見て分かったのですが、日本人は20人ほど参加していたようです。ゼッケンには名前の横に国旗が書かれており、確認できます。ランナーで7人ほど日本人を認識しました。そのうち3人から頑張りましょー!って声をかけられました。また、街中で観光客からも日本語で声をかけられました。多分基本外国人はノーカテゴリーで参加しているのだと思いますが、3100人くらいいましたね。そのなかで私は3000番くらいでした・・・。

ゴール後、メダルと防寒用の銀色キラキラ羽織をもらい、荷物受け取りじょまで歩いて、あったかい服を着てバスで家まで帰りました。なんかちゃんと歩けます。

家でシャワーを浴びて、遅い昼食を食べ、夕食っぽいものも食べて、スポーツドリンクをガブガブ飲み、9時には寝てしまいました。

で翌日起きたのが4時半。マラソン明けでまたエルバ島巡検です。前日に全くできなかった色々の支度をして、6時のバスで駅に向かい、隣町のプラトまで電車で移動です。いつもならマラソン翌日はロボットのような歩きなのですが、今回はなんか全然歩けます。これが練習の成果なのでしょう!もっと頑張れたんじゃないか・・・、とは思います。もっと練習が必要です。

 エルバ島巡検ですけども、先日のジャンカルロではなく、今度はパオラの案内です。プロセスを重視した、また違った面白い観察をすることができました。ジャンカルロはテクトニクス重視で、それはそれで重要で面白いです。両者の見解は共通のバックグラウンドのところでぶつかっているようですが、データに基づいて議論すれば問題ないことだとわかりました。

 

エルバ島と北西イタリアの野外巡検

 ピサ大学のジャンカルロが大変良くしてくれており、彼の修士の授業で実施しているエルバ島巡検に誘ってくれました。エルバ島はイタリア本体の西側に位置しており、昔ナポレオンがロシアとの戦いに敗北して一旦放逐された島です。ピサから車で1時間ほど南のピオンビーノという街からフェリーで1時間ほどで着きます。日帰りの突貫巡検ということで、朝6時にピサ大学地球科学科前に集合ということで、前泊して参加しました。

 一緒にパオロという同位体地化け屋さんも参加し、両者の学生がそれぞれ5名ずつほどで、9人乗りのバス2台で出発しました。

 エルバ島は一部広域変成岩が東部に出ていて、低変成度の付加体が西部へ引き続きつつも、超塩基性岩を挟み、かつ大規模な花崗岩の貫入もあり、また、リグリアン海の背弧拡大による正断層群とも絡んで、超複雑な島です。花崗岩の熱の影響から沈み込み帯に関連した情報の切り分けなどでも揉めているようです。その上、アルプスからアペニンに続くイタリア北西部のテクトニクスとも関連して、ジャンカルロが気勢を上げている部分でもあるようです。西側のヨーロッパ大陸側と南東からのカリビアン収束付加体との接合部がどのようにできたのか、で色々揉めていて、その一環にエルバ島が含まれているようです。ピサのジャンカルロと揉めているのがフィレンツェグループということで、パオラはフィレンツェ側と目されているようですが、両者から話を聞いていると、結局どちらにしても決定的な証拠はないので、楽しくそれぞれのパーツを議論したら良いのではないかと思うのです。どうも単に感情(主にジャンカルロの気勢が激しい)によるエネルギーの無駄使いにフィレンツェ側が疲れた感があるようです。私には特にジャンカルロに反対するものが何もないので、特にジャンカルロから気勢をかまされることはありません。

 でエルバ島巡検で、たいへん複雑な島であることがよくわかって、帰ってきました。それが先週の金曜日でした。その日は電車のストライキがあると言われていたのです。どうも最近電車内のチケットチェックをする人が黒人から刺された事件があったらしく、電車の従業員が安全向上を求めてストライキを急にすることになったとのことです。ですが、その日の帰る頃には普通に動いていてピサから無事フィレンツェ駅まで着きました。夜9時くらいだったかな。んでいつものバス6を待っていましたが、どうも来る様子がない。電光掲示板にはバスのストライキが部分的に行われていて、来るかどうかはわからない、みたいなことが書いてあることに気がつきました。駅から歩いたら家まで1時間半はかかります・・・。とうとうあれを使う日が来たか!そうです、電動キックスクーターです。色々調べてはいたのですが、ロック解除に1ユーロ、あとは1分いくらで、保険が別に少し、レンタル解除は自転車置き場に停めること、歩道はダメよ。この1分いくら、保険が少し、のところがよくわかっていませんでした。あと、レンタル解除の確認に不安があり使うのをためらっていたのですが、もうこうなっては使うほかありません。で、実際ロック解除して使ってみるまではたいへんスムーズで、料金もApple Payでサラサラーっと払えます。家に着くまでに24分かかりまして、トータルで8.5ユーロくらいでした。1時間パック6.5ユーロを使った方が安かったことがわかりました。レンタル解除もすぐ近くの自転車置き場に置いてアプリから写真を撮ったらすぐ解除、メールがぱっと来て安心でした。

 翌週ちょっと用事があって私はトリノに行くことになっていたのですが、なんと、ジャンカルロも別件の用事で水曜日にトリノの東まで来るので、都合がつくなら北西イタリアの巡検に行かないか?いわゆるヨーロッパ側とアドリア側の接合部の巡検です!水曜日は単にトリノから帰るだけの日だったので、ちょうど良い。ということで、トリノから1時間半ほどのトルトーナという街でジャンカルロに拾ってもらうことになりました。すごいラッキー!

 一ヶ月前にジャンカルロが巡検に来たんだそうですが、車と家の鍵の入ったバッグをどっかに無くしたそうです。巡検中に探し回っても見つからず、失意にくれていたそうですが、一ヶ月後にレストランからメールがあり、それを取りに行く用事がたまたま私のトリノの帰りと一致したのでした。バッグの中にはUSBメモリも入っていて、大事な鍵が入っていたので、レストランの人は意を決してUSBの中身を見てメールアドレスを発見したのだそうです。なんとなくプライバシーの不安の残るところではありますが、信頼のイタリアーンって感じもします。

 巡検は非常に充実していて、構造の複雑さやオフィオライトのすごい露出など楽しめました。ありがとうジャンカルロ!

早くも半年が過ぎ、残り三ヶ月

 イタリアに滞在して、早くも半年が過ぎました。なんだかんだ、ウィーンの学会から数えると、4月の中旬からになります。途中、ビザ関連で2週間ほど、学会で10日ほど帰国しました。

 で残りはあと三ヶ月ちょいです。帰国便を2月10日に取っていました。一人残した修士2年の学生の最後の発表会に参加するためでした。ですが、なんと修士発表会が10日になってしまったので、帰国を早めようとしたところ、なぜかギリギリの8日にしか変更できませんでした。しかも無料。なぜでしょう。ということで、2月8日までとなりました。

 明日はPisa付近にあるLucaという街でComic and Game festivalに行きます。名前の通り、当然ながら日本のコンテンツがたくさんあるイベントのようです。なんとパオラがそのイベントのステージに立つとのことです。なぜかというと、イタリアの国際海洋掘削計画事務局が海洋掘削のコミックを制作したらしいのです。それに関連して、実際の経験が豊富なパオラが宣伝がてらステージに立つことになったのです。これは見に行かねばならない!ついでにイベントそのものも楽しんでこようと思います。

 11月は5日にサミュエレが所属している地質調査所でのセミナー発表、8日にジャンカルロのエルバ島巡検、12日前後にトリノでテニス観戦、24日にフィレンツェラソン、25-26日にパオラとサミュエレのエルバ島巡検を予定しています。

 エルバ島巡検が2回もあるのですが、ジャンカルロの説とパオラ・サミュエレの説が全く違っているので、両方の説明を聞くことができるのは大変興味深い立ち位置です。外国人だからできる荒技!かもしれません。大変楽しみです。ですけども、24日のフィレンツェラソンからの翌日が巡検ですので、どうなるかわかりません・・・。

 12月4日から10日ほど米国・・・。前回もほとんど同じようなことを言っている!この3ヶ月の間にしなければいけないことをそろそろじっくり考える必要があります。論文書くのとこの際だから行ける他大学への訪問の計画など、ちょいとそわそわしてきました。繰り返しですみません。

 

ヨーロッパ電車旅のトラブルは平常運転

 10月頭からうちの博士課程の学生が二人滞在しておりました。先に一人が帰国し、今朝の便で数日だけ残っていた一人が帰国の途につきました。

 彼らは彼らでやるべきことをやって帰ったと思います。なかなか短期間で成果の出るものではありませんけども、今後につながる滞在となりました。2週間フィレンツェにおり、1週間はドイツのハレで微細構造観察を行いました。

 フィレンツェとハレの移動ですが、往路は電車でアルプスを越えていくルート、復路はハレからミュンヘンまで電車、ミュンヘンからは飛行機でローマ経由でフィレンツェに戻るルートでした。

 本当にヨーロッパでの電車の旅はトラブル続きです。

 まずは往路から。乗り換え2回でフィレンツェボローニャミュンヘンーハレの経路でした。フィレンツェを朝7時発、で夕方6時前にはハレに着く予定でした。フィレンツェ発がすでに遅れ、30分先のボローニャでの乗り換えができませんでした・・・。次のミュンヘン行きの国際線は4時間後・・・。当然ながらミュンヘンからハレへの電車も乗れません。ボローニャのチケットオフィスで次の便にそのまま乗れ、と言われ、4時間時間を潰してミュンヘン行きに乗りました。アルプス越えはまぁ良かったです。で、当然ながらこれも1時間ほど遅れて夜7時前ごろにミュンヘンに着きました。当初乗る予定の電車のチケットは捨てて、夜8時前の電車をあらためて購入。これもやや遅れて夜11時すぎにハレに着きました。宿はセルフチェックインの鍵をロックされた鍵ボックスから受け取るタイプで、まぁ安心?でした。

 復路はハレーミュンヘンを電車で、ミュンヘン空港からローマ空港、フィレンツェ空港と乗り継ぎの航空チケットを取りました。これがすごい安かった。ハレーミュンヘンは3時間50分ほどの予定でした。航空便は夕方6時でしたが、念の為、朝8時にハレを出ることにしました。何が起こるわからない。夕方4時までに空港に着けば大丈夫なのですが、かなり余裕を持って出発しました。

 途中のニュルンベルグに到着。ここまでは平穏でした。で、なんか停車が長いなーと思いつつ、社内の表示はそのままなので待っていました。ポロポロと人が出ていくのですが残っている人もいて、なんか変だなぁと思っていたら、いよいよ誰もいなくなりました。

「すいません、なんか起こってますよね?」

と最後に出て行こうとしていた親子に聞くと

「ノードライバー」

と言われました。えー!そんなことあるの?

「8番ホームのミュンヘン行きに乗っていいみたいよ」

ということで、そちらに行きました。その時点で出発予定3分前。

急げーって感じで電車に飛び乗りました。電車は乗り換えた人々でぎゅうぎゅうです。

なんとか間に合った、一安心。と思ったら、またこれも出発しない。で、ドイツ語でアナウンス。何言ってるかわからないけど、また人々が降りていきます。一緒になって降りていって、これまた一緒に対面のミュンヘン行きに乗車。前から乗っている人もいて、もうごちゃごちゃです。そしたらまたアナウンス。なんとこの電車もストップ。全員下車。ホームは人でわちゃわちゃです。スマホのアプリを見ると、次の駅との間でメディカルエマージェンシーで1時間以上の遅延があったらごめんね、みたいなことが書いてあります。で、3度目の正直で乗り換えた電車がやっと1時間ほどの遅れで出発しました。ミュンヘンに着いたのはやはり1時間遅れ。駅の近場で遅い昼食をすませ、空港行きのS1に乗ります。40分くらいかかります。が、なんと途中で乗り換えなければならない電車であることに気が付かず、終点まで行ってしまいました。どう見ても空港じゃない。乗り換え駅まで戻り、乗り換えたら、また間違えて空港の一つ手前で降りてしまい、次のに乗ってようやく空港に着きました。16時ごろでした。予定通りです・・・。航空便はITAで20分程度の遅延でローマ乗り継ぎも無事できました。フィレンツェに着いたのは夜10時30分ごろ。そっから荷物を取って、11時過ぎのT2に乗り、メイン駅でちょうどきた6番バスで家に着いたのは0時ごろでした。疲れた。

 

 フィレンツェに帰ってきまして、まずは今週末にPisa大学でセミナー発表の機会をいただきました。その準備をしております。あと、FEMモデルを一緒にやっている中国人博士学生のワン君がフィレンツェに滞在していまして、また、新たなモデルを検討中です。その後11月上旬に今度はPisaの地質調査所でセミナー発表する予定です。また、11月は半ばにトリノに行って、テニスのツアーファイナルズを観戦する予定です。さらに下旬にはフィレンツェラソンに参加する予定です。

 

 帰国は2月の上旬なので、考えてみたらもうあと三ヶ月ちょいしかありません。12月は米国ワシントンDCのAGUに行く予定でして、それに合わせてちょっと早めにペンシルバニア州立大学のドンを訪問します。また、1月はロベルトのユトレヒト大学へ行く予定です。あと、どっかでフランスのユグのところへ行こうかなと思っているのですが・・・あんまり時間ないな。

なんか一段落 Duolingoの闇

 つい先日、怒涛の9月が終わったような感じで書きましたけども、ダラダラと懸案が残っておりました。超長い長い論文のレビューです・・・。なぜかレビュー依頼は被ってやってきます。7月下旬に一つレビュー依頼を受けて、なんか終わりそうなところで、別の依頼がやってきました。締め切りが家族の訪問時期と被っていたので、締め切り延長を頼んで引き受けました。で、引き受け時に延長してもらった締め切りに間に合いそうもなかったので、さらに延長をすることにしました。メールによると最初の締切から14日以内に延長するときはウェブ上でできる、とのことだったので、やろうとしたら3日間しか延長できませんでした。とりあえず、3日間延長する手続きをウェブでして、すぐにメールで3日じゃ足りないからトータルで14日の延長をお願いしました。ら、これまた終わりそうもなく、さらに4日の延長をお願いして、昨日の日曜日に結構頑張って終わらせました。もうほんと心のわだかまりが晴れて、晴れ晴れで、ここで無駄に書きたくなりました。

 てな感じで心のわだかまりを持ちつつも、土日はある程度ゆっくりもしました。さっさとやればいいものを!人間とはそういうものですね。土曜日、ネットでテニスの錦織圭が今まさに第二セットでブレークして勝ちそうだという情報をゲットしました。うおー、なんかどんだけ強いのか見てみたい!となりまして、Tennis TVの一ヶ月分をその場でサブスクしました。2000円でした。すぐ後に西岡の試合もあるし、翌日の日曜日も錦織の試合が観れるだろう、上海マスターズとかも一ヶ月以内にあるし、過去の動画も見れる、よかったらもう一ヶ月延長してパリマスターズやらファイナルズやらも見るかもしらん、2000円は妥当である!土曜日は無事錦織は勝ちました。西岡は負け。西岡に勝った選手(ルネとかルーンとか呼び方がよくわからない)が翌日の錦織の相手でした。日曜日、錦織は惜しくも負けてしまいましたが、すごく良い試合でした。大変楽しく過ごしました。

 ここ数日ちょっとストレスなことは、Duolingoでのイタリア語の勉強です。今、85日くらい連続記録を続けています。section 1に10ユニット、section 2に27ユニットありまして、1ユニットに2時間弱(多分)くらいかかります。なんとかsection 2まで終了してsection 3に入りましたら、なんと86ユニットありまして、一日1ユニットやってもあと86日かかる。多分、私のイタリア滞在中にやっとこ終わるって感じですね。ちょっと心折れかかっています。さらに、毎週リーグ内ランキングというのがあって、高順位でその週を終了すると次のリーグに上がれるシステムです。ついに最高リーグのダイアモンドリーグに先週入りました。その前のリーグでちょっと頑張りすぎて、1位をとってしまいました。最終日の最後の2時間、ずーっとやり続けていました。同じように一位を狙っているライバルがおりまして(今思えば、本当に人かどうかわからない)、その人とデッドヒートを繰り広げておりました。それまでの1日の最高獲得得点数は1500くらいだったのですが、その日は3000くらいとってしまいました。それで疲れちゃって、ダイアモンドリーグに入ったはいいのですが、ちょっとさぼろっかなと思ったところ、さすがダイヤモンドリーグは猛者の集まりで、ちょっとでもサボっているとすぐにリーグ落ちランクにまで落ちてしまいます。なんとかリーグ内にとどまるようにするためには少なくとも1日800−1000程度は点数が必要です。そのためには1日40分くらいかかります。上手いのが、一回のレッスンは大体25−30点くらいなのですが、ある程度やっていると、これから15分間はダブルスコアになる!と言って、一レッスン50-60点に跳ね上がります。15分後くらいにまたダブルスコアチャンス15分!とか言ってきて、まるでパチンコのあたりが連続で来るみたいに、やめ時を失うのです。この射倖心をやや煽ってくるところも心の疲労の原因です。もうほんと、自分のペースでやることにします。