11月になりました。体組成変わる。

 10月を無事に切り抜けましたが、まだ少し余波が残っております。一番がんばった自分の論文のリバイスは概ね終わりましたが、もう少しやることが残っています。今週中に片付けます。あと、別の掘削関連のプロポーザルもほぼほぼ終わり、本日中に片付けます。卒論中間発表も無事終わり、石油業界のワークショップ、博士入試も恙無く終了いたしました。

 ということで、今月は少しゆっくり仕事できそうです。とは言っても、ちょろちょろ細かい仕事があり、何かに集中するのが難しい感じです。のんびりやっちゃおう。

 2月半ばごろから始めたダイエットは、7月ごろに目標体重に達したのち、微減でキープしています。8月の航海で爆食いして少しリバウンドしたものの、そこからまた微減で目標体重キープです。まだまだ毎朝元気に体重測定、体脂肪率測定をしています。と、不思議なことが起きていて、ネットで調べてもよく分からない。

 目標体重に達した後、夜のご飯を少し増やしつつ、体重は微減するも体脂肪率はあまり変化しない時期が2−3ヶ月続いていました。歳も歳なので、どうしてもお腹の皮下脂肪(いわゆる浮き輪肉)が減らず、そういうものなのだなぁ、と諦めていたところでした。10月ごろ、唐突に水を飲もうと思い立ち、意識的にやや多めに水を飲み続けていたところ、急に体脂肪率だけ落ち始めました。あれ、体組成計ぶっ壊れたかな?と思うくらい急です。体重があまり変わらないので、体脂肪率が減るイコール筋肉が増えるということです。ダイエット中は体脂肪とともに筋肉も減っていました。ダイエット中の筋肉の減少は避けられないと思っていました。体脂肪を落としつつ筋肉を増やすというのはほんとかなり難しいことのはずなのです。が、ここ数週間の動きはまさにそれで、体脂肪は順調に減少、筋肉量はなぜかこれまで減っていたところが増加に転じ、グラフがあきらかなV字を示すようになりました。腹筋がうっすら見え始めるという体脂肪率15%になりつつあるも、どうも信用ならないというか、相変わらず浮き輪肉はばっちり掴めます!確かに体水分率は増加しており、筋肉繊維の隙間に保持されているのでしょうが、見た目や触った感じは相変わらずです。水の効果で体の組成は変わっているようですが、実質の見た目は変化なしなので、Youtubeで俗に言われている「数字をあまり気にするな」というのはこのことかと、最近実感しています。

 キャンペーンで短期に入会していたフィットネスクラブは9月で退会し、10月は忙しくて土日もなく働いてあまり筋トレせず(だが、昼休みのバドミントンが復活して、これだけは休まずやってる)。だったのですが、昨日久々に大学の共済組合の割引があるフィットネスクラブに筋トレに行きました。昔娘がスイミングに通っていたところで、たまに娘のプールに合わせてジムを利用したことがあるのですが、今回本当に久しぶりに行きました。システムが大幅に変わっていて、驚きました。あまり筋トレマシンが充実していないと思っていたのですが、意外と揃っていて、一通り素人全身筋トレを行うことができました。今日は上半身がそこそこ筋肉痛で、まま追い込めたなぁ、と喜びを感じております。

久々のバドミントン、久々のリバイス、久々の忙しさ

 大学のコロナ対策レベルが最低になり、ようやく昼休みのバドミントンが再開しました。5月下旬からなので4ヶ月以上のブランクでした。昼休みのバドミントンができなかった間は、なぜか学生とバドミントンをやっていて、遊び半分でしたが良い運動にはなっていました。が、やはり昼休みのバドミントンのメンバーはレベルが高く、体育館で安定した飛行のシャトルを追えるので、運動のレベルが全然違います。ここ3日間連続でやっていますが、じわじわと疲れが溜まっている気がする。

 諦めずに投稿していた論文のレビュー結果が返ってきて、久々のリバイス(修正)でした。これまでずーっとリジェクト(却下)だったので、今回の修正は気合をいれてやらねばなりません。びくびくレビューコメントを見てみると、辛口な割に厳しいコメントはなく、やさしく細かい小さな指摘をしてくれていたりで、対応の難しそうなコメントは一つ二つでした。丁寧に対応すればなんとかなるかも。

 ふと気がつくと、今月は非常に忙しい。一昨日まで、国際海洋掘削プロジェクトの申請書にがっつりかかりっきりで、土日も仕事してました。疲れた。で、これからは、

・上に書いた論文の修正も今月締め切り。

・別の掘削関係のプロポーザルの修正も今月末締め切り。

・なぜか今年は依頼の多い他の人の論文のレビューが一つ、今月末締め切り。

・今月末に卒論中間発表。

・今月末に石油業界関連のワークショップ。

・あと、会議、博士課程入試、学務、等々。

うほー。

 

先月まではのんびりやっていた気がするんだけどな・・・。気がつけば、あら、おかしいぞ、やることいっぱいになっちゃってるぞ、という気持ちも久しぶりです。

 

といいつつ、バドミントンは休まず。週末はトロンボーンの先生との飲み会もセットしました。これまたすごい久しぶり!楽しみです。

久々の研究航海

今月、12日から19日まで1週間、研究航海に参加してきました。

鹿児島乗船、横須賀下船でした。

県外への移動自体がすごい久しぶり。飛行機に乗るのもすごい久しぶりでした。

 乗船2日前にPCR検査で陰性を確認。鹿児島への移動は飛行機で福岡、博多から新幹線で鹿児島という予定でしたが、豪雨で熊本で止められて、そこからレンタカーで鹿児島入り。鹿児島に夕方6時半ごろついてホテルで一息ついてから晩ご飯に行くと、8時までの時短営業ということで寂しい繁華街でした。なんとなくコンビニで晩ご飯を買うことにし、ホテルの部屋で寂しく食べました。

 翌日13日、乗船。荷物の積み込み。午後に出港するも荒天のため鹿児島湾で待機。翌14日は1日待機で甲板作業。15日朝、夜の海況改善を見込んで、調査海域へ移動を開始しました。すなわち、移動開始時はまだ天候が悪い状態でした。この移動は揺れに揺れまして、とりあえずベッドで横になり、ご飯の時だけむっくり起きるような状態でした。ご飯は普通に食べられました。

 夜に調査開始。熱流量測定は夜間可能とのことで、熱流量担当の先生は徹夜、補助の研究者が交代で対応しました。私は朝3時起き。日のあるうちはピストンコアで堆積物採取、でまた夜から熱流量測定、で16日が終わり、17日の朝に最後のピストンコア。17日10時前に帰路へ走り出しました。帰港地は横須賀で、48時間かかりました。

 無事横須賀に到着し、荷物の積み下ろしを午前中だけ手伝った後、羽田ー高知の飛行機で戻りました。この飛行機も悪天候のため条件付きで離陸し、場合によっては羽田に戻るということでした。が、無事高知龍馬空港に着陸してくれました。

 下船後二日ほど陸ゆれに悩まされましたが、これもまた一興でした。久々の出張楽しかったです。

 

と、淡々と書いてしまいましたが、いろいろとイチイチ感動?すること多々でした。行きのJALでは荷札に手書きの手紙があったり、鹿児島の繁華街の自粛要請にほぼ全ての飲食店が協力していたり、帰りの羽田空港がガラガラだったり、そこかしこにコロナの影響を感じる旅でした。高知にいるだけではわからないことです。現場の体験は重要ですね。

ワクチン接種と楽しい仕事

 前回、苦労して出した論文は、あえなくリジェクトでした。あきらめず、英文と図面の見直しをさらにして、次の雑誌に投稿しました。だんだん英語にも見直しにも慣れてきて、以前ほど苦しくありませんでした。

 

 ワクチン接種2回終了いたしました。高知市では6月下旬に基礎疾患の申告受付があり、7月頭に接種券の送付、7月半ばに1回目、で先日2回目という流れでした。

 基礎疾患は無呼吸症候群です。妻から寝ている間に断続的に呼吸が止まっているとの指摘があり、ちょうどその頃、睡眠トラッカー機能付きの腕時計で酸素飽和度の変動を記録するやつが出たので、それで記録するとどうも激しく変動している時があるということで、病院でしっかり診察してもらいました。ところ、めでたく無呼吸症候群に認定されました。去年の8月ごろです。

 1回目も2回目も翌日に注射の跡がやや痛む程度で済みました。発熱なし。効いているのでしょうか?

 先週はある海洋掘削関連の国際会議に参加していました。もちろんオンラインです。日本時間で夜11時から朝4時ごろまで。4日間続きました。出張であれば他の仕事ができないのですが、オンラインですと日中の日本の仕事もしなければならず、なかなか厳しかったです。ですが、海洋掘削関係は変換点にあり、不確定要素が多くて、ある意味おもしろいです。どうなるんだろ。

 で来週は久々に出張で宮崎県沖の日向灘の海洋調査航海に参加します。1週間程度です。鹿児島乗船、横須賀下船。ものすごい久しぶりに飛行機に乗ります。

 デルタ株は感染率が高く、日本でも過去最高感染数を更新、ワクチン未接種の40−50代を中心に重症者数が増えているとのことです。だから自粛生活しろ、ということなのですが、オリンピックやってるくらいだし、別にもういっか、という雰囲気をそこはかとなく感じるところです。私なんかもそんな感じです。田舎だというのもあります。高知県も2ヶ月ほど20人前後の下げ止まり状態なのですが、爆発もせず収束もせず、医療逼迫の様子はありません。ワクチンも大事ですが、治療薬も早く出て欲しいものです。一方で、日本の感染者数や死亡率は世界に比べればほんとさざなみ程度なので、それで医療崩壊するのはただの怠けではないかと思うのです。医療崩壊が危ない、助かる命も助からなくなる、国民はそのことに配慮して自粛する必要がある、って本気で言ってるのでしょうか?国が付けたコロナ病棟の設置に協力する病院へのインセンティブ予算や飲食店の営業自粛協力金の予算がほとんど使われていない、という報道がありました。官僚の怠慢との噂ですが本当か?わかりませんけども、協力する気がなくなる方向ではあります。これらの予算を動かさない人々は、政府の転覆を狙っているのかな?

 

学生入構禁止・論文投稿

 先週木曜日、大学から唐突な通知がきました。午後から学生の入構禁止、4日間!とのことです。学生の新型コロナ感染が発覚し、行動履歴の調査で4日間の緊急措置と思われます。春からできる範囲で対面授業を実施してきましたが、高知は遅い第四波に見舞われて、大学はちょうどオンラインへの切り替えを決定し、その移行期間の最中でした。一応予定では学生入構禁止措置は本日いっぱいです。

 オフィスに閉じこもりの教員は別に大学に来ても良いようで、学生がすっかりいないキャンパスで静かに仕事しております。

 レビューを長期に渡り放置された挙句、結局リジェクト二回くらった論文を修正し、本日ようやく投稿にいたりました。今度こそなんとかなるのではないかと祈っています。

 まんず、リジェクト食らう前、初稿を書き始めたのは丁度一年前ではなかったかな?最初の緊急事態宣言で、人間の移動そのものが問題であるということで本当に巣篭もりしてましたねぇ。ドイツから帰国してからドイツでやった研究を論文にして以降、実は長いこと論文を書いておりませんでした。その上、今回の論文は私の従来の研究とはだいぶ異なる部分を多く含んでおり、私にとってはかなりチャレンジングな内容でした。ですので、もう書くのがおっくうでおっくうで、書いていて、なんだこのクソ文章は!と絶望しておりました。そのうち、クソ文章でも前に進まねば、という心境になり、なんとか初稿ができます。ですが、クソです。

 とはいえ、お金をかけて英文校正にかけ、恥も外聞もなく共著者に送付してしまいます。で、共著者の助けを借りて、だいぶマシになったものを投稿したのでした。

 投稿後は、あまり思い出したくもなく・・・。レビューが返ってこないことをいいことに、とにかく今は一本投稿中の身であることを免罪符に、次なる論文へ取り掛かることもありませんでした。

 で、3月上旬に、2回目のリジェクト通知が1ヶ月前に届いていたことを発見します。とりあえず2週間ほどでレビューコメントに対応したやるべきことリストを作り、データの見直しを行い、さらに良い結果を得て図面を作りました。あとは修正の作文をするだけなのですが、他の英文作文作業があり(論文ではなくてプロポーザルみたいなやつ)、学生の対応に逃げて、全く集中できず。この他の英文作業がようやく終わって、ようやく重い腰を上げ、なんとか作文。このとき、リジェクトくらった本文の不備を多々発見し、これはリジェクト食らうわな・・・、と反省しきりです。という間に、ようやく自分が納得する作文が終わりました。3月下旬の図面を作ってから7週間が経っていました。

 その後共著者とやりとりして、英語を直してもらい、いろいろコメントもらってよりわかりやすく書き足すなどして、さらによくなりました。この最終バージョンを本日ついに投稿することができました。

 いや、苦しい。苦しかったよ。この流れで、次の論文にかかれればよいなー。