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古事記

 最近ちょっとつらつらと古事記を読んでいます。一年半ほど前に初心者用のハンドブックのような古事記ガイドを読んだあと、ちゃんとしたものをということで、講談社学術文庫古事記を手に入れていたのですが、積んどく状態でした。先日ツーリングで神社巡りしたこともあり、ちょろちょろ読み始めました。
 古事記が編纂されたのは712年です。

 まずは古事記編纂にいたった経緯が書かれています。日本語をどうやって文字で表現したものか、苦慮していることまで書いてある。
 それから本編の伝説の時代が述べられます。
 まず、日本の始まりの前に世界の始まりについて述べられています。
 天と地が最初に分かれた世界開闢の時代。次に国土がまだ固まらず、水に浮いた脂のようなものが、クラゲのように漂っていたとき、葦の芽が泥沼から萌え出るような力が湧き出てきたとか。なんか現在の宇宙の始まりに似たような表現がされています。そうやってどんどん神が出来上がって、イザナキの命とイザナミの命が出てきます。

 日本を作ったのはイザナキの命とイザナミの命です。
 高校1年のとき、まぁ男子校だったんですけども、担任の先生が落ち研出身の古典の先生でして、
「かれ、吾が身の成り余れる処をもちて、汝が身の成り合わざる処にさし塞ぎて、国土を生み成さむとおもふ。」
という部分を格調高く高らかに詠い上げていたのを思い出しました。
 最初と次に生まれたのは失敗で子供の数に数えませんでした。失敗した理由が女が先に言葉を発したからというのです。それで、天界の神に相談して、またやり直したりしています。
 最初の子供は淡路島。次にできたのが四国。そのとき既に伊予、讃岐、阿波、土佐という言葉があったのが驚きです。九州も筑紫、豊、肥、熊曾という地名があった。

 今でも十分話が通じます。おぼろげに、古事記の時代はずいぶん昔の話で原始人かなんか猿が人になりそこねた時代ではないのかとか思っていたのですが、実はそのとき既に文化的で論理的な社会があったのだということを実感します。人の感情の動きは当時からあまり変わっていないのではないでしょうか。