ワシントンDCでトイレに閉じ込められた話

 米国地球物理学会のためにワシントンDCに滞在しておりました。諸事情により6名でAirbnbのアパートを借りました。去年ドイツ・ハレの出張でアパート借りは洗濯が簡単にできることに感動し、フィレンツェでの短期滞在などでもアパート借りをしてましたので、6名アパート借りで安く滞在するのは、むしろ良い選択でした。

 発表日の朝、外は雨模様。6時ごろに2階にあるシャワーを浴びました。そのドアはすでにおかしくて、ドアノブの軸が異常に長く、ノブが前後にガタガタ動きます。グラグラしすぎな感じです。それでも回せばドアは開くので、不安を感じながらもそのまま使用していました。

 で、シャワーを浴び終えて服を着て、外に出ようとしたところ、ドアノブを回しても手応えがない。当然ながら押しても引いても開かない。グラグラするドアノブの角度を微妙にかえて色々回してみても全く手応えなし・・・。うーん、どうしよう。今日は発表の日です。

 とりあえず、ドアを叩いて、助けを呼びます。誰か来てー。すると

「どうしたんですかー!」

と人が来てくれました。

「ドアが壊れて出られないよー」

 人が来てくれて、やや安心です。お互い外と内で色々回してみるもののラッチは全く動いていません。可能性を考えて、窓から出られないか、窓を開くと2階の高さがあり、下には降りられません。右を見ると隣の部屋のやや大きな窓があり、最後の手段でそこに移れるかも・・・。ですが、雨模様のため滑りそうですし、落ちれば命はなさそうです・・・。

 とりあえず、その窓を開けて、スマホを持ってきてもらうことにしました。手を伸ばせばものを渡せるほど近い窓です。これがラッキーでした。

 スマホをもらって、まずは大家に連絡。朝早いからか、返事がありません。

そんでもって、脱出方法をググります。

「米国でドアノブが壊れて、出られなくなる」

みたいな検索をかけると、ありました。

「マイナスドライバーでラッチをこじって開けられます」

ほんとかな・・・。

とりあえず、外にいる同僚たちに「マイナスドライバーでラッチをこじれるらしいので、探してみて!」

と頼みました。内側からラッチが動いていないのが見えるのですが、隙間がややあり、ラッチの側面をマイナスドライバーでこじるという案は理解できました。

「ドライバーありました!」

「じゃ、ラッチの部分をマイナスドライバーこじってみてくれる?」

こちらからはラッチが隙間から見えるので言ってみたら、どうもこの隙間は外側にはなく、外のメンバーには何をいっているのかわからないようでした。ドライバーがあるなら色々外してみようということで、グラグラのドアノブを外しました。すると軸の受け穴があって、それを回すとラッチが動く仕組みのはずなのですが、その部分が壊れていて、回してもラッチが動かなくなっていることが明確でした。ドアノブ周りの金属の飾り板を外しますが、それも単なる飾り板で意味はありません。内部のラッチ機構を外すには、ドアを開けて、側面から引き抜くしかなく、それ以外はドアの破壊を意味します。

 次にマイナスドライバーを窓から受け取って、内側からこじろうとしたのですが、ドライバーの軸が太くて隙間に入らず、すぐに無理だとわかりました。その時、閃きました。

「ナイフとフォークを持ってきて!」

 ナイフとフォークを手に入れました。フォークは隙間に入っても湾曲していてこじることができませんでした。ですが、フォークは少し拗れることがわかりました。ちょっとラッチを動かすことに成功!ですが移動距離はほんの僅かで、次をこじろうとナイフを離すとバネでラッチは元に戻ってしまいます。

 最後の手段と思って、警察に電話することを考えます。ChatGPTにこんなことを警察に頼んでいいものかと問うと、non emargency policeというのがあることを知りました。州によって番号違うかもしれないけど、概ね311ということだということで、試しに311にかけてみたところ、自動音声の聞き取りにくい英語で対応不可でした。で、ペンステートでお世話になったドンにショートメッセージを送り、

「あなたの助けが必要です!ドアが壊れてトイレに閉じ込められています。311のnon emergency policeにかけたら自動音声で理解不能でした。あなたの方から、警察に電話してもらえませんか?」

 返事を待っている間、ちょっと光明のあった、ナイフでこじる作戦を続けます。何度も何度もこじっては戻り、こじっては戻りを繰り返します。ですが、その中でも、ドアをちょっと上げたり押したりして、ラッチを受け穴の側面に押し付け気味にして、摩擦でこじった後に戻らないように固定することに思い当たりました。外のメンバーに

「ちょっとこっちに押し気味にしてもらえますか!」

とお願いしました。グッとこっちに押してもらうと、ラッチをこじって次のステップのためにナイフを離しても、ラッチが戻りません。だんだんとラッチをずらしていくと、内部のバネが縮んでバネのパワーが大きくなってくるからか、こじるにも押し付ける力が必要になります。その上、外からの押し付けによって、力一杯こじっても動かない。

「ほんの気持ち、押す力を少なめでお願いします!」

と外の人にお願いして、外からの押す力によるラッチとラッチの受け穴との摩擦を減らします。この塩梅がほんと難しい。

 

そして、ついに、何度目かのこじりで、さらっとドアが開きました。奇跡の連携プレーです!

ドンのメッセージを見ると、ドンは起きていて、何かを打ち込み中でした。急いでドンに返信します。

「なんとか出られました!警察いらないです!」

大家にも連絡しました。

トムクルーズみたいに出られました。」

 

 開いたドアの側面から埋め込まれているドアラッチシステムを外します。手のひらよりもやや小さめで金属の板状の形状をしています。鍵は別にエル字ロックがあるので、ドアがしっかり閉まらなくても鍵さえかかれば、シャワートイレは使えそうです。

1時間ちょいかかりました・・・。ちゃんと着替えて、朝ごはんを食べました。発表は朝8時半からの午前のポスターで、ちょっと落ち着いてから、やや遅れ気味でしたが、行くことができました。発表自体は、大変多くのお客さんが来て、3時間みっちりほぼ途切れることなく楽しめました。

 気持ちの対応についてお話ししておきますと、これは閉じ込められたと理解した時点で、死ぬことはない、発表ができなくても仕方ない、午後3時くらいまでここにいることになるかもしれない、とまずは考えました。ですので、誰かに助けを呼ぶためにドアをノックし続けた時も、冷静に叩き続けました。誰かが来てくれてからは、もっと楽になりました。最悪、レスキューがドアを叩き壊す手続きまで行くかもしれないけど、それまで誰かが付き合ってくれるだろう、と思っていました。逆にこのトラブルにどう対応するかが問われている!やってやるぜー!って感じでした。武器は仲間、手の届く範囲の窓、スマホ、ネット、でしたね。これがなければ、こういう気持ちにもならなかったと思います。いやー、よかったよかった。