受理前審査中の論文原稿を公にするシステム

 先日、多くの方の助けを借りてようやく論文原稿が出来上がり、とある雑誌に投稿しました。ところ、よくわからない項目がありました。

 いわく、Research squareに投稿を希望しますか?といった感じで、なんかよくわからなかったのですが、好奇心に任せてyesにチェックしました。

 無事その原稿は雑誌にアサインされて、原稿番号がつきました。まだ今後どうなるかわかりません。うまくいけばこれから論文審査に入ります、という段階です。で、先程、Research squareからもメールが来て、あなたの原稿が登録されました、という。

 一体何者なのか確認してみると、審査の結果が出る前に原稿を集積して公開するシステムでした。最近その手のサービスの存在を知りました。いろいろあるみたいです。Research squareはそのいろいろある同様のサービスの一つのようです。

 一般に科学論文は投稿してから掲載されるまでに、レビュワーと呼ばれる専門の近い科学者の審査を受けます。著者が投稿時にレビュワー候補となるべき専門家のリストをつけるのが一般的ですが、そのリストの中の候補者だけに頼ると単なるお友達審査になる恐れがあるので、雑誌のエディターはリストにない関連しそうな人を自ら選びます。大体レビュワーは2ー3人です。それぞれ、評価コメントが返ってきて、そのコメントを元にエディターが最終的な判断をします。掲載不可はリジェクト。修正後再レビューがリビジョン。そのまま掲載可能がアクセプト。1−2回修正をして最終的にアクセプトに達することが一般的です。あるいはリジェクト。そのままアクセプトはまずありません。

 で、このシステムは研究者の善意で動いておりまして、レビュワーは無償で原稿チェックを行います。レビュワーのメリットは新しい情報に素早くアクセスできるところ。競争の激しい分野でこの善意が前提のシステムの中に悪意のあるレビュワーがいたらどうなるでしょう?敵対する論文が素晴らしいにもかかわらずあえてリジェクトにして、すぐにアイデアを盗み自分で論文を書く、ということができてしまいます。

 これを回避するために、かつてはオープンレビューというシステムが流行りかけたことがありました。レビュープロセスを透明化し、すべて公開。おかしな理由でリジェクトした場合は証拠が残るというものです。また、興味のある第三者がレビュープロセスにコメントを挟めるというオープンディスカッション的な場になるはずでした。ところが、それほど盛り上がらず、このシステムは立ち消えになったと思います。

 あるいはオープンジャーナルというのもでてきました。最近雑誌の購読料が高騰し、大学予算を逼迫していることで問題になっています。これを回避するために無料で読める科学雑誌を標榜し、無数のオープンジャーナルがでてきました。ですが、やはりブランド力のある従来の雑誌を駆逐するほどの力はなく、レビュープロセスも曖昧で、これまたそれほど盛り上がっているようには見えません。

 ここででてきたのが、受理前審査中原稿の集積公開サービスです。これは、ブランド力のある従来の雑誌に投稿した論文をすぐに公開してしまって、書籍番号DOIも発行し、先取権を確定する、というものです。審査プロセスには時間がかかり、正式にアクセプトに至るまで、論文原稿は宙に浮いたままになってしまうのですが、このサービスを使えば誰が最初に投稿したのか証拠が残ります。また、DOIを使って引用することも可能となるようです。悪意のあるレビュアーがアイデアを盗むこともできなくなります。審査が通ってブランド力のある雑誌に掲載にいたればよし、いたらなくてもよし、使う人の判断にまかせます、ということだと思います。どこか不思議な感じです。

 最近新コロナウィルス の論文のことがテレビで紹介されるときに、「この論文はまだ受理前なのですが・・・」といったお断りが述べられることがありますが、このシステムから情報を得ているのだと思います。今猛烈に激しい競争の渦中にある新コロナウィルス 関連の研究では、先を争って大量の論文が投稿されまくっています。審査プロセスでお墨付きのないデータが混沌と集積しているこのようなサービスが、実は先端の研究者の間で注目されているということのようです。ブランド力のある雑誌のブランドは維持しつつ、正しい競争、正しい先取権も保証されることになります。なるほどね。

 ネット社会のおかげで、公正な激しい競争が可能になったのはよいことなのかもしれません。とか、私の研究はそれほど苛烈な競争の中にはないので、まぁ、いいんですけどね。