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事業仕分け

 いやいや、実にタイミングを外しておりますが、何をいまさら事業仕分けについてです。
 昨年度話題になりました事業仕分けについて、新書で枝野氏が本を出していたのを読みました。はっきり言ってろくなこと書いていないと思っていたのですが、100%ダメじゃないだろうと、一分の正論でも理解するべきではないかと思い、いやいや買いました。大阪のニュースアンカーの信頼するコメンテーターが勧めていたのも一因です。


 で、読んでみると、言い訳のオンパレード。一分の正論は天下り根絶と中抜き構造の洗い出しくらいでしょうか?それならそうと事務っぽくやればいいところを、存在理念から否定するようなやり方だったから反発を食らったわけで、本書では存在理念事態を仕分けるつもりはほとんどなかったと。特に科学分野についてはそう言い訳しておりましたけども、そんな言い訳は通用しない。明らかに存在理念から否定していました。たとえばポスドク予算は博士の生活保護とかいい放ってる段階で、彼らの職業としての労働の対価はゼロということですからね。


 枝野氏はこの仕分け作業で、仕分けられる側が説明責任を負うとしたところが新しいところだと自負しておりましたけども、仕分ける側も仕分けられる側も同じ側であって、よくいって自作自演、悪く言えば自己否定の分裂症なわけですから、あんなの公開して恥ずかしくないのかと思います。

 この話の流れで、もっと省庁側から強い説明があって、納得できる固い論理が聞けると思っていたが、大したことなかったので拍子抜けした、とかいうくだりがあります。もっと防備してくると思ったらそんなに防備してこなかったと。そして、
「せいぜい科学者や大学の学長を煽ったりすることしかできない」
とか言い放っております。確かに各省庁はふがいなかったかもしれませんが、科学者たちの猛反発は省庁から煽られたからではないですね。
 ここで虚勢を張ってそう言い放たなければならなかったのは、科学者からの反発は大変効き目があったということだとは思います。

 いろいろ難しい問題をはらんでいます。
国民の理解を得るためにアウトリーチが重要です。こういうおかしな政府ができたときに日本の科学が守れない。しかし、そのアウトリーチ経費も仕分けられると・・・。